2010年6月26日S.D.C.P発足記念集会での渡嘉敷先生の講演

S.D.C.P発足記念集会での講演です

耳鼻科医から見て声帯に見た目の異常がない病気

  • 本態性振戦:簡単に言うと、年をとって手足が振るえる方がいらっしゃいますが、その症状が喉に出るパターンです。残念ながら効果的な治療法はなく、パーキンソン病に近い薬や芍薬甘草湯という漢方薬を使うことがありますが、なかなか有効とは言えないという状況です。
  • 心因性失声症:思春期以降の若い女性に多い。時に子どもにも見られる。息っぽい声は出ますが、声を出しても音がマイクで拾えない、声帯が完全に閉じていない状態です。昔はヒステリー性失声と言われていました。ボイスセラピー等を行って、たとえば咳、あくび、ため息など無意識に音を出すものをきっかけにしながら治療を行います。
  • 変声障害:思春期の男性で声変りがうまくいかなかったケース。変声時に見られる声の裏返りなどが長時間続く。男の子が第二次成長期に喉仏が前に出て喉頭が大きくなっていくのは、バイオリンがチェロに変わるようなものです。チェロになったのにバイオリンの音を無理矢理出そうとしてこんがらがってしまった状態が変声障害です。普通は高い声を出す時、喉がグーッと上がってきますが、それを上がらないように指で押さえることで発声のコツをつかみ、数年間悩んでいた声が良くなったケースもありました。
  • 過緊張性発声障害:喉全体に力が入っている状態。機能的なものから心因的なものまであり、統合失調症などの薬の副作用で発症するケースもあります。喉が締まって(鼻カメラを入れても)声帯が見えないことがあります。最近よく誤診されるのが胃食道逆流症(胃液が喉に上がってくる)で、耳鼻科に行って声帯に異常がないと「胃液の逆流かもしれない」と言われる方があるかもしれませんが、実際にその現象が起きることは日本ではまずないと思っていただいたほうがいいと思います。治療は、薬剤が原因の場合はそれを中止します。機能的、精神的なものが原因で声帯の使い方を忘れてしまっていると考えられる場合は言語聴覚士による音声治療を行うことになります。
  • 外転型痙攣性発声障害:大学病院クラスの病院で5年に一人いるかどうかというくらい珍しい病気。内転型が声帯が閉まってしまうのに対し、発声時に声帯が開いてしまい息が漏れる。内転型とは違う病態で、もしかすると単純に筋肉の異常な痙攣というだけではないかもしれないとも言われています。極めてまれでまだ原因も不明で治療も難しいというのが正直なところです。

内転型痙攣性発声障害(以下SD)

  • 症状
    声帯筋の異常運動が起こる。声帯以外の筋肉のジストニアと併発しているケースもありますが、基本的には声帯筋の局所性の痙攣。声帯筋が痙攣すると、力こぶを出した時に筋肉が出るような現象が声帯に起こり、その瞬間に自分の意志に反して声帯が閉じようとし、詰まったような声が出てしまいます。なぜかわかりませんが若い女性に多いです。

    まれな疾患であるため、耳鼻咽喉科医であっても本疾患を知らない人が多く、精神的なものと誤診されて数年以上悩んでいたケースが多いです。
私の外来でカーテンを開けた途端にボロボロ泣きながら入ってくる患者さんもたくさんいらっしゃいます。我々耳鼻科医がこの病気を知らないせいで患者さんに精神的な負担を与えてしまう病気です。

  • 診断
    過緊張性など機能性発声障害と区別が難しい例が結構ありまして、声と内視鏡所見のみの診断では、本当に100%SDだと言うことはできません。

    裏声発声は正常ということが臨床症状から診断する唯一の決め手です。地声では症状が出ても、裏声はきれいに出るというのがSDの特徴です。なぜかというと、裏声を出す時は声帯の筋肉は休んでいて、声帯自体が薄っぺらな状態、ギターにたとえると細い玄のような状態になります。しかも声帯が完全に閉まらないで隙間ができるので、高い裏声が出てくるというわけです。

    〈例〉実際には機能性発声障害であったのにSDと診断され、手術を勧められて北海道から上京してきた方のケース
    「SDではない」と伝えたが、本人が「治らなくてもそれで診断がつくだけでもいいから」と手術を希望。局所麻酔で声を確かめながら行うチタンの手術を「手術の途中で良くならなかったらやめる」ということで行ったが、手術中に様々な音声訓練を行ううちにすーっと声が出るようになり、術後にどんどん治っていった。

    耳だけで判断して間違った診断をしないということが医者にとって重要なことです。本当にSDではない症例に手術が行われた場合は患者様方の精神的負担がさらに増えることになります。

    では確実に診断するにはどうしたらいいのかということになりますが、それはボツリヌストキシンの注射を打つことです。これは治療のツールとして認識されていますが、これで効けばSDにほぼ間違いないと言っていいと思います。

    ボツリヌストキシンは最近は美容外科のしわ取りなどで使われますが、神経が筋肉に入っていって命令を送るところの部分に作用して筋肉の収縮を起こさないようにします。だから笑っても筋肉が動かないのでしわが出ないわけです。これを声帯に打つわけで、SDは声帯筋の局所的な異常ですから、声帯筋にこれを打つことで良くなるのであればSD。逆に機能性やそれ以外の要因は関与していないということになります。逆にこれで良くならなければSDではないということになります。
ただし、薬の量や注射が外れたなどのケースもあるので、複数回行っても良くならなければSDではないと考えるべきです。

    医者の立場からするとやはり先にボトックスを打っていただいて、手術は最後の手段にしていただくというのが一般的な発想だと思います。

    ところが地方在住の患者様の場合、日本では帝京大学、クマダクリニック、慈恵医大の関東の三ヶ所でしか行っていないので、これが難しいということになります。

    東京医科大学病院で行っているのが声帯麻酔です。口から針を入れて声帯に直接麻酔薬を打ち、症状がどう変わるかを見ます。ボトックスが3ヶ月くらいもつのに対し、麻酔は短時間しか効果がなく、100%は効かないケースもあります。

  • 手術
    甲状軟骨形成術2型(一色信彦京都大学名誉教授考案)
    局所麻酔で声を聞きながら行う、閉じようとする左右の声帯を引き離す治療です。声帯を触らず、術後の声が気に入らなければチタンを外せばいいという可逆的手術。つまり悪いところはそのままで、閉じようとする声帯を無理矢理離して閉じにくくしてしまう対症療法的手術と言うことができます。

    甲状披裂筋摘出術
    悪さをしている声帯の外側の筋肉だけを全部とってしまう、病巣を摘出する手術。全身麻酔による不可逆的な手術です。

    手術の現状
    どちらの手術も、100%完ぺきとは言えません。

    明らかにSDと診断(ボトックスや麻酔が効いた)された人だけを対象に行った手術成績の比較で、各7例を声の詰まり、途切れ、振るえを4段階で評価(ボイスハンディキャップインデックスというアメリカで作られて世界的に使われている40個のアンケート項目から10個を抽出し、患者自身が点数を付けた)した結果、内筋摘出術では、7例中6例は改善。1例だけ悪化。悪化の1例の方は臨床的には再発と判断されて2ヶ月ほどで元に戻っていました。その方は再手術をして、現在のところ声枯れはあるがSDの症状は消えています。

    チタンの手術では、再発例、悪化例、不変例はありません。しかし、詰まりは良くなっているが振るえは良くはなっていない例があります。

    内筋摘出術では筋肉の再生などが原因と見られる再発例が見られますが、効果のあった例はチタンより満足な結果が得られています。
    ただ内筋摘出術は不可逆的なため、術後の声が気に入らなかった場合、元に戻すのが難しいです。実際にはできないことはありませんが。

    チタンの手術は声帯に触らずに、元に戻せる点が良いと考えられています。

    手術に関しては、確実にSDである症例については、医学病理的には必ず効果が出ます。
    ただ、まるきり良くなる場合も、少し症状が残る場合も、10%程度しか良くならない場合もあり、効果は100%ではありません。
    SDの症状がほぼ消失した例でも、音域調節がうまくいかない、大きい声が出ないというような副作用が残るケースがあります。

  • 東京医科大学病院の方針
    まずは確定診断のためにボトックスをやっていただきたいです。

    ボトックスあるいは麻酔が効いた場合は、手術治療はやってもいいと思います。つまりSDと確実に診断できない場合はやってはいけないということです。

    どちらの手術を行うかは、両者の利点、欠点を説明して患者様自身に決めていただきます。
    これは逃げるようで申し訳ないのですが、今はまだきちんとしたデータがないので、患者様に決めていただくということになります。

    確実にSDと言えない例で患者様が手術を望む場合(遠方のため確定診断がつくまで何度も通えないなどのケース)は、内筋摘出術はお勧めしません。甲状軟骨形成術2型をお勧めします。

    これが今の手術の現状です。これだけの問題点があるということは患者様に対してお恥ずかしい話ではありますが、これが現状であるというのが私の報告でございます。

    手術についての詳細はホームページでビデオが見られます。

今回、患者様方の努力によってこういう場ができて、テレビの取材も来ていただいて、認知が広がると思いますが、これは本来我々医者がやるべき仕事で、患者様の力でやっていただき、お恥ずかしい限りです。
ボツリヌストキシンの注射は、我々が努力して、北海道、東北、関西、四国、九州でできるようにしていきたいと思います。
これからも努力いたしますのでよろしくお願いいたします。

渡嘉敷 亮二 (とかしき りょうじ)
東京医大耳鼻咽喉科教授、新宿ボイスクリニック院長、S.D.C.P〜発声障害患者会〜相談役